もしかしたら

Posted by ウキウキ♪ - 7月 20th, 2014

日本の習い事は一種の宗教みたいですね。行き過ぎた師弟関係と盲従は詐欺と引っかかる人と同じくらい、見ていて残念な気がします。

もしかしたら、お寺の年忌法要の習慣が制度、生活に影響を及ぼしているかも知れないですね。 年忌法要も宗教上の理由はなく、豊臣の時代に村の人員を把握させたことが始まりで、その後、江戸時代にお寺の収入源として、年忌法要が開発されました。 そういう何年も束縛される習慣が写真の世界にも影を落としていると思います。

ひろさちやの仏教の本で、檀家と戸籍の話は非常に密接に関わっていて、檀家の背景にはクリスチャン撲滅という大義名分が江戸時代にあったそうです。それと教育に関しては、明治時代からほとんど変わっていない教育者様=上官という古来の考え方が、宗教化させているのだと思います。

ちょっと、おかしな書き方をしていました。
檀家制度が豊臣が村の人を把握するため、と書くところでした。
お寺と庄屋は村を治めるため絶大な権力を持っていました。
今でも官公庁をお上という風潮はその伝統がいかに磐石で強大なものだったのかをあらわすものですね。

写真に限らず、お花、お茶は言うに及ばず、スポーツも宗教に近い体質を持っています。

アメリカに滞在したときに観たベースボールの試合が実に伸び伸びと楽しく、しかも力感あふれるものだったことが今でも忘れられません。

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